「突然、顔の片側が動かしにくくなった」
「口から水がこぼれるようになった」
「片方の目がうまく閉じられない」
このような症状が現れる「顔面神経麻痺」。
顔に症状が現れるため、突然発症すると「このまま治らなかったらどうしよう」と不安になる方も少なくありません。
顔面神経麻痺にはさまざまな原因があり、まず大切なのは自己判断せず、できるだけ早く医療機関を受診することです。
そのうえで、病気の状態や時期によっては、医療機関での治療と並行して鍼灸が選択肢になることもあります。
今回は、
- 顔面神経麻痺とはどのような病気なのか
- どのような原因で起こるのか
- 病院ではどのような治療を行うのか
- 鍼灸にはどのような可能性があるのか
- 東洋医学では顔面神経麻痺をどのように考えるのか
について、鍼灸師の立場から解説していきます。
顔面神経麻痺とは?

顔面神経は、顔の表情をつくる筋肉を動かすために重要な神経です。
顔面神経に障害が起こると、顔の筋肉をうまく動かせなくなり、
- 額にしわを寄せにくい
- 眉毛を上げにくい
- 片方の目を閉じにくい
- 口角が下がる
- 笑ったときに左右差が出る
- 口に含んだ水がこぼれる
といった症状が現れることがあります。
顔面神経は表情筋だけに関係しているわけではありません。
障害される場所などによっては、涙や唾液の分泌、味覚などに関係する症状を伴うこともあります。
東洋医学では、顔や口がゆがむ症状を「口眼歪斜(こうがんわいしゃ)」などと表現してきました。
顔面神経麻痺が起きたら、まず医療機関へ
ここは非常に重要です。
「顔が動かしにくいから、まず鍼灸を受けてみよう」
ではなく、突然顔に麻痺が現れた場合は、最初に医療機関を受診してください。
顔面神経麻痺には、顔面神経そのものに問題が起こる「末梢性」のものだけでなく、脳などが原因となって起こる「中枢性」の麻痺もあるためです。
特に、
- 手足にも力が入りにくい
- ろれつが回らない
- 言葉が出にくい
- 激しい頭痛がある
- 意識がおかしい
- 強いめまいや歩行障害がある
など、顔以外の神経症状を伴う場合には、脳卒中など緊急性の高い疾患も考える必要があります。
顔面神経麻痺は、「何が原因なのか」を確認したうえで治療を開始することが大切です。
末梢性顔面神経麻痺の代表的な原因
顔面神経麻痺のなかでも代表的なのが、末梢性顔面神経麻痺です。
その代表として、
ベル麻痺
明らかな原因を特定できない急性の末梢性顔面神経麻痺を「ベル麻痺」と呼びます。
発症にはウイルスの再活性化などが関係していると考えられていますが、原因が完全に解明されているわけではありません。
ラムゼイ・ハント症候群
水痘・帯状疱疹ウイルスが関係して起こる顔面神経麻痺です。
顔面麻痺に加えて、
- 耳の痛み
- 耳やその周辺の水疱
- めまい
- 難聴
などを伴うことがあります。
同じ「顔面神経麻痺」に見えても原因や重症度によって治療・予後が異なるため、医療機関で診断を受けることが重要になります。
顔面神経麻痺はどのように治療する?
治療方法は、原因や麻痺の程度によって異なります。
たとえばベル麻痺などでは、医師の判断によってステロイド治療などが行われます。
麻痺の程度を評価しながら、必要に応じて検査やリハビリテーションなどを組み合わせて治療していきます。
また、目を十分に閉じられない場合には注意が必要です。
まばたきや閉眼が不十分になると角膜が乾燥し、目を傷める可能性があるため、眼の保護について医師から指導を受けることも大切です。
そして顔面神経麻痺では、ただ顔の筋肉を強く動かせばよいわけではありません。
回復過程や麻痺の程度に合わない自己流のトレーニングを行うのではなく、医師などの専門家から指導を受けましょう。
顔面神経麻痺に鍼灸という選択肢
顔面神経麻痺に対する鍼灸については、研究も進められています。
「顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版」では、
- 急性期における麻痺の早期回復
- 慢性期における後遺症の症状軽減
について、鍼灸はいずれも「弱く推奨する」とされています。
ここで重要なのが「弱く」という部分です。
これは、
「鍼灸を受ければ顔面神経麻痺が治る」
という意味ではありません。
研究では急性期の回復や、慢性期にみられる拘縮・こわばりなどの後遺症に対する可能性が示されている一方、研究の質などには課題も残されています。
そのため当院でも、顔面神経麻痺に対しては医療機関で診断・治療を受けることを前提として、状態に応じて鍼灸を取り入れることが大切だと考えています。
東洋医学では顔面神経麻痺をどう考える?

ここからは少し視点を変えて、東洋医学のお話をします。
東洋医学では、顔や口がゆがむ症状を「口眼歪斜(こうがんわいしゃ)」などと表現してきました。
古典的な考え方では、顔面へつながる「経絡(けいらく)」における気血の不足や停滞などから症状を捉えていきます。
元の記事では中医学の文献を参考に、顔面神経麻痺に関連する状態を次の5つに分類していました。
① 風邪(ふうじゃ)タイプ
東洋医学には、身体に悪影響を及ぼす外部環境を「邪気」として捉える考え方があります。
そのひとつが「風邪(ふうじゃ)」です。
「風」の影響によって顔面部をめぐる経絡の流れが妨げられ、症状につながった状態として考えます。
さらに「寒」「熱」「湿」など、ほかの邪気と組み合わさることで現れる特徴も変化すると考えます。
② 肝風内動(かんふうないどう)タイプ
東洋医学における「肝」の不調から、体内に「風」が生じた状態として考えます。
東洋医学の「肝」は、現代医学における肝臓そのものとは意味が異なり、気血の流れや精神状態などとも関係する概念です。
身体の震えや筋肉のぴくつきなど、「動き」のある症状を伴う場合があります。
③ 肝鬱気滞(かんうつきたい)タイプ
「気」の流れが滞っている状態です。
東洋医学では、精神的なストレスなどによって「肝」の働きが乱れると、気をスムーズに巡らせにくくなると考えます。
その結果、顔面部においても気血の巡りが悪くなった状態として捉えます。
④ 気血両虚(きけつりょうきょ)タイプ
身体を活動させる「気」と、身体を滋養する「血」の両方が不足している状態です。
東洋医学では、
・気には身体を動かす働き
・血には身体を養う働き
があると考えます。
疲労が強い、体力が落ちている、顔色が悪いなど、身体全体の状態を確認しながら判断していきます。
⑤ 風痰入絡(ふうたんにゅうらく)タイプ
「風」と「痰」が経絡の流れを妨げている状態として捉えます。
ここでいう「痰」は、一般的にいう喉から出る痰だけを意味するわけではありません。
東洋医学では、体内の水分代謝がうまくいかず生じた不要なものを広く「痰」と表現することがあります。
こうしたものが経絡を妨げ、気血が顔面部まで十分に巡らなくなった状態として考えます。
同じ「顔面神経麻痺」でも、「身体全体」をみる
東洋医学の特徴のひとつは、
「顔が動かないから、顔だけを施術する」
とは限らないことです。
たとえば、
- 発症前に強い疲労がなかったか
- 睡眠は十分だったか
- 胃腸の状態はどうか
- 冷えやむくみはないか
- 精神的なストレスが続いていなかったか
- 舌や脈にどのような特徴があるか
など、顔以外の状態も確認していきます。
同じ「顔面神経麻痺」という診断であっても、東洋医学的にみた身体の状態は一人ひとり異なるからです。
顔面神経麻痺で使われる代表的なツボ

古典的な鍼灸治療では、顔面部を走行する経絡などを考えながらツボを選択します。
代表的なものとして、
- 四白(しはく)
- 地倉(ちそう)
- 下関(げかん)
- 頬車(きょうしゃ)
- 迎香(げいこう)
- 合谷(ごうこく)
などがあります。
四白・地倉・下関・頬車・迎香は顔周辺にあるツボですが、興味深いのが「合谷」です。
顔の症状なのに手のツボ?「合谷」

合谷は、手の甲にある代表的なツボです。
親指と人差し指につながる骨の間付近に位置します。
東洋医学では、合谷のある「手の陽明大腸経」という経絡は顔面部とも関係すると考えられてきました。
そのため、顔面部の症状に対して、顔だけではなく手足にあるツボを組み合わせることがあります。
ただし、顔面神経麻痺の状態は人によって異なります。
「このツボを押せば顔面神経麻痺が治る」というものではありませんので、セルフケアだけで治そうとせず、適切な医療を受けることが大切です。
顔面神経麻痺でお悩みの方へ
顔面神経麻痺は、顔に突然変化が現れるため、不安の大きい症状です。
・「元の表情に戻るのだろうか」
・「このまま麻痺が残ったらどうしよう」
と心配になることもあると思います。
まず覚えておいていただきたいのは、
顔面神経麻痺が疑われる場合、最初に行うことは医療機関を受診することです。
原因を調べ、必要な治療をできるだけ早く開始することが重要です。
そのうえで、医療機関での治療を受けながら、
・「鍼灸も併用してみたい」
・「麻痺が残っていて、顔のこわばりなどが気になる」
という場合には、鍼灸も選択肢のひとつになる可能性があります。
横浜市神奈川区・白楽エリアの鍼灸マッサージ院 如月では、東洋医学的な問診や脈・舌・腹など身体全体の状態を確認したうえで、一人ひとりの状態に合わせた施術をご提案しています。
また、医療機関での診断・治療が必要だと判断した場合には、鍼灸だけで対応しようとせず、医療機関への受診をおすすめしています。
顔面神経麻痺についてお悩みの方は、医療機関での診断を受けたうえでご相談ください。
参考文献・参考資料
- 『顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版』
- 『中医症状鑑別診断学』人民衛生出版社
- 『現代語訳 黄帝内経霊枢』東洋学術出版社
- 『中医基本用語辞典』東洋学術出版社
