中国伝統医学における「不寐(ふび)」とは「睡眠障害の総称」を指し、具体的には以下3つの症状を指します。
①寝つきが悪い(入眠困難)
②眠っても覚め易い(中途覚醒・早朝覚醒)
③一晩中眠れない(完徹)
眠れなくなる原因は?ー五臓六腑からー
「心神(ココロ)の栄養不足・活動亢進・過活動により、感情・思考・判断・情緒などの精神活動が安定しないこと」が原因の主であるとされています。
つまり第一に、精神活動をコントロールする五臓の「心(しん)」の失調を疑うケースが多いです。
ただし、東洋医学では他の五臓六腑との関係性・気候などの外的要因も加味して
「どうして心神が養われないのか?」という視点で、原因を追求していきます。
以下、簡単イメージなイメージです
・寒すぎる!暑すぎる!湿気でジトジトして寝れない!(気候)
・上司に怒号を飛ばされてしまった!あーあの時ああしていれば!寝れない!(精神的ショック)
「睡眠障害」一つとっても、体質・気候・メンタル状況など様々な眠れなくなった原因を特定し、状態に応じた治療を行っていきます。
東洋医学的な不眠9パターン
中医書に記載されている「不寐(ふび)=睡眠障害」についてタイプに分けて解説をしていきたいと思います。
症状に応じたツボもご紹介いたしますので、セルフケアなどでご使用くださいませ。
心火亢盛タイプ
頭も身体も過活動状態になることによって生じる不眠。
勉強や頭脳労働により頭の働かせ過ぎ、頭も体も過活動状態になることによって生じる不眠。一種のパニック症状も該当。
(このタイプの特徴)
◎性格
興奮しやすい・せっかち・落ち着きがない・感情の起伏が激しい。
◎精神症状
入眠困難(目が冴えて眠れない・昼間の興奮を夜までひきづる)・多く夢を見る・早朝覚醒・興奮・怒りっぽい
◎身体症状
寝不足だとしても倦怠感がない・全身の熱感・動悸・顔が赤い・口が苦い(口内炎ができることも)
冷たいものが飲みたくなる・口臭・小便の量が少なく黄色い・舌の苔が黄色い
(治療法)
清熱降火・安神(体の中の熱や炎症を冷まして落ち着かせる・心をリラックスさせて、不安や緊張を和らげる)
(ツボ)
通里・中渚・身柱・大椎など
心陰虚・心腎不交タイプ
慢性病患者や身体が虚弱な人が腎陰を損傷することによって生じる。この「腎陰」は「心火」(精神活動)が活発になりすぎないように互いに影響を及ぼしあっている。つまり腎陰の不足は精神活動を盛んにさせてしまい入眠しにくくなるのである。症状が重い場合は、一睡もできないことも。
(このタイプの特徴)
◎性格
普段はおとなしいが時に興奮する
◎精神状況
不眠(寝つきが悪い・眠りが浅い・覚醒しやすい)・運動や仕事で疲れるとかえって眠れない・多く夢をみる・不安感・思考力減退・精神抑鬱・焦燥感・もの忘れ
◎身体症状
胸部がザワザワする・頭暈・耳鳴・じっとしていられない・午後から体がほてる・寝汗・手足胸部のほてり・舌の苔は少ないなど
(治療法)
滋腎水・降心火・交通心腎・滋心陰・養心神
(体の潤いを保つ・高ぶった心を落ち着かせる・メンタルコンディションを整え、安心や落ち着きを与える)
(配穴)
湧泉・太谿・照海・通里など
心脾両虚(虚弱タイプ)
仕事や家族、過去や将来のことを考え過ぎて、頭と体が消耗しきってしまうことで生じる不眠。近しい間柄の人が亡くなる・慢性出血・大病を患うことも発症トリガーとなる。心の栄養状態が下がってしまい、不安神経症も出現しやすい。
(このタイプの特徴)
◎性格
心配性・取り越し苦労気味・気が弱い
◎精神症状
不眠・入眠困難・眠りが浅い・覚醒しやすい・怖い夢・嫌な夢を見やすい・不安感・悩み苦しむ・くよくよと考え喜べない・精神疲労・気力がない・昼間の眠気が強い・自分の殻に閉じこもる・悲しくなる・引きこもり傾向
◎身体症状
疲労・倦怠感・ドキドキしやすい・めまい・食欲減退・顔色にツヤない・排便はゆるい・飲食の香りがしない
※女性は、月経過多、あるいは月経過少・不正出血・経血は淡い色・生理が来ないなどの症状が出現
(治療法)
健脾益気・養心安神(消化吸収を助長し、体に元気を与える・心、気持ちを穏やかにする)
(ツボ)
三陰交・神門・天泉・心兪など
心肝血虚タイプ
過労・長期出血・精神的なショックなどの心労が原因で不眠となる。心血が消耗し、結果、相互補完関係にある「肝」まで悪影響が及ぶ。このタイプも不安神経症を発症。眠りが浅いことが多い。
(このタイプの特徴)
◎性格
臆病・神経質・気が小さい・睡眠環境に敏感(音や光)
◎精神症状
対人関係・仕事に対する恐怖感や不安感が強く、不眠、入眠困難、眠りが浅い、驚いて目が覚める・よく夢をみる
◎身体症状
動悸・めまい・皮膚乾燥・顔色の血色が悪い
(治療法)
益気鎮驚・安心定志
(体のエネルギーを補い、不安や緊張を和らげて落ち着かせる・心を落ち着け、精神的な動揺を鎮める)
(ツボ)
大敦・神封・脳空
多痰(痰熱)タイプ
慢性的に体内に停滞した水分が熱気を帯び、心神を掻き乱すことで形成される不眠。
この病理物質「痰熱(たんねつ)」は以下の様なものが原因で形成される
❶飲食の不摂生(味の濃いもの甘いものなど)
❷高温多湿な気候
(このタイプの特徴)
◎精神症状
横になっても落ち着かない・多く夢をみて目が覚め易い・精神不安が伴いがち
◎身体症状
胸部が気持ち悪い・舌に苔がベッタリ・口の中がネバネバする・悪心嘔吐
(治療法)
清熱化痰安神(体の中の熱、痰を取り除き、モヤモヤ感をスッキリさせて心をリラックスさせる)
(ツボ)
水溝・間使など
肝火(肝経鬱熱・肝胆鬱熱)タイプ
ストレスや激怒で生じる、精神活動の停滞(鬱鬱とした気分)が原因の不眠。
(このタイプの特徴)
◎精神症状
寝床についても落ち着かない・夢を多く見る・寝ても目が覚ましやすい・不眠・イライラ・よく怒るなど
◎身体症状
胸部やお腹の張り感・口が乾いて水をのむ・目が赤い・溜息が多いなど
(治療法)
清熱瀉火安神(体の熱やイライラを冷まして、気持ちを穏やかにする)
(ツボ)
行間・齦交・陽谷
心胆気虚・胆鬱痰擾タイプ
体質が虚弱でもともと心・胆が弱く、突然のショックに抵抗する力がない。ショックをもろにうけることで心にダメージを負うことで出現する不眠。
(このタイプの特徴)
◎精神症状
怖くて寝ることができない・多く夢を見る・入眠後よく目を覚ます・びくびくする・わけもなく恐怖心を抱く
◎身体症状
動悸など
(治療法)
温胆益気寧神
(胃腸や心のバランスを整え、体に元気を与えて気持ちを穏やかにする)
(ツボ)
陽交など
余熱襲隔(熱タイプ)
発熱などで体内から抜けきらない熱が心をかき乱すことによって生じる不眠。
(このタイプの特徴)
◎精神症状
重度の入眠困難・横になっても落ち着かない
◎身体症状
胸隔部は苦しいなど
(治療法)
清熱除煩
(体の熱やストレスを取り除いて、心のザワザワ感を落ち着かせる)
(ツボ)
承光・曲沢・内関
脾胃不和タイプ
飲食不摂生(多食・偏食・食事時間の乱れ・早食い)、寝不足などで、消化器の不調が出現。心神も安定せずに、不眠・不安を発症する。
食事の時間が不規則な職業、夕食の時間が遅い、夜食の習慣、食事回数と食事量が多い人に見られる。
(このタイプの特徴)
◎精神症状
お腹が張って寝れない、入眠困難、不眠、覚醒しやすい、胸腹部の張り感による覚醒
◎身体症状
満腹・食べ過ぎている人、悪心、嘔吐、胃痛など
(治療法)
調和脾胃・化滞
(胃腸の調子を整えて消化不良を解消し、スッキリさせる)
(ツボ)
豊隆・意舎・健里・石関など
最後にー睡眠障害はあらゆる事象が重なるー
いかがだったでしょうか?
なかなかイメージがつきにくいかと思いますが、我々鍼灸師は不眠の原因を考察する際に、いろいろな身体の情報を集めて原因を追究し、治療にあたって参ります。
五臓六腑の失調は、飲食・運動・メンタルコンディションなどの生活習慣も大きく関与しており、
また気温・気候・照度・騒音・湿度などの外的環境の影響も受けます。
つまり、根本的な解決には養生ないし睡眠衛生教育などの必要性もあるのです。
当院院長は豊富な鍼灸臨床経験に加えて、スリーププランナー&睡眠健康指導士という睡眠の専門家として
治療と養生指導の両輪で皆様の不眠症状の改善を行うことに力を入れております。
もしお悩みの方はぜひ当院へ一度ご相談くださいませ。
※参考文献
・『漢方用語大辞典」 燎原書店
・『中医症状鑑別診断学』人民衛生出版
・『十四経発揮』 東医針法研究会編