嘔吐(おうと)とは、胃の内容物が口から外へ出てしまうことを指します。誰もが一度は経験したことのある症状ですが、「なぜ吐いてしまったのか」を振り返ると、人によってそのきっかけはさまざまではないでしょうか。
たとえば、こんな場面で嘔吐を経験したことはありませんか?
- 忘年会や宴会で食べ過ぎ・飲み過ぎてしまったとき
- 緊張や強いストレスがかかったとき
- 冷たいものをたくさん食べたあとや、胃が冷えたと感じたとき
- 夏場の高温多湿な環境で長時間作業していたとき
- 風邪をひいたときや、体調が崩れはじめたとき
- 疲労が蓄積していたり、慢性的な胃の不調が続いているとき
- 不衛生な食べ物を口にしてしまったとき
西洋医学では、嘔吐の原因として急性胃炎・胃腸炎・食中毒・逆流性食道炎・機能性ディスペプシア・消化性潰瘍・自律神経の乱れなどが挙げられます。検査をしても「異常なし」と言われるケースも少なくありません。
東洋医学では、「なぜ胃がうまく働けなくなったのか」という根本的な原因に目を向けます。
冷え・熱・食べ過ぎ・気候・ストレス……、それぞれの原因に合わせた整え方があります。以下で詳しく見ていきましょう。
東洋医学で考える「嘔吐」の基本
東洋医学の古典では、嘔吐は「嘔(おう)」「吐(と)」「嘔吐(おうと)」などの表現で記されてきました。
音を伴うものを「嘔」、物が出るものを「吐」と区別することもありますが、現代では総称して「嘔吐」と呼ばれています。
嘔吐を理解するうえでまず知っておきたいのが、「胃」のはたらきです。
東洋医学における胃は、五臓六腑(ごぞうろっぷ)のひとつで、飲食物の消化・吸収に深く関わっています。その働きは主に3つあります。
- 受納(じゅのう):口から入ってきた飲食物を受け入れる
- 腐熟(ふじゅく):受け入れた飲食物を消化・変化させる
- 降濁(こうだく):消化したものを小腸へ送り届ける(下方向の流れ)
この3つのはたらきのいずれかが低下すると、食べ物が正常に処理されず、「胃→口」という逆方向のベクトルが生まれて嘔吐が起こります。
また、嘔吐には胃だけでなく、肝(かん)・脾(ひ)・腎(じん)といった臓腑も関係しています。
たとえば、ストレスで肝の気(エネルギーの流れ)が滞ると、その影響が胃に波及します。
また、脾と胃はセットで消化を担っており、腎の温める力が衰えると胃が冷えやすくなります。
嘔吐は「胃単体の問題」ではなく、身体全体のバランスの乱れとして捉えることが大切です。
嘔吐はどんなときに起こりやすいのか?

日常の中で嘔吐を引き起こしやすいきっかけには、以下のようなものがあります。
- 暴飲暴食や早食い、消化の悪いものの食べ過ぎ
- 冷たい飲み物や生もの、アイスクリームなどの過剰摂取
- 辛い食べ物・脂っこい料理・お酒の飲み過ぎ
- 仕事や人間関係からくる慢性的なストレス・緊張
- 長引く胃腸の慢性的な不調や、大病・高熱後の体力低下
- 夏の高温多湿、冬の極端な冷えなど、気候の変化
季節との関係も見逃せません。夏場は高温・湿気が胃に影響を与えやすく、熱タイプや湿気タイプの嘔吐が増えます。
冬場や梅雨寒の時期は、冷えが胃のはたらきを低下させることがあります。
また、季節の変わり目には気候の変化に身体が追いつかず、胃腸の不調が起こりやすくなります。
たとえば、夏の浴室掃除で長時間湿気の中にいて気分が悪くなった、冬に冷たい缶ビールをがぶ飲みして戻してしまった、大事なプレゼン前に胃がひっくり返るような感覚があった、という経験はまさに東洋医学的な「嘔吐のタイプ」として説明できます。
東洋医学でみる嘔吐の6つのタイプ
東洋医学では、嘔吐を引き起こす原因によって大きく6つのタイプに分けて考えます。自分がどのタイプに近いかを参考にしてみてください。
タイプ① 外邪干胃(がいじゃかんい)――気候・環境タイプ
高温・湿気・冷えなど、外からの気候や環境の影響が胃に侵入して、はたらきを乱すことで嘔吐が起こるタイプです。
湿気の強い環境での作業中や、夏の猛暑の中で食欲不振と嘔吐が重なる場合などが典型例です。
こんな状態が目安です。
- 高温・多湿の環境にいたあとに気分が悪くなり、吐いてしまう
- 熱によるものは嘔吐の勢いが激しく、冷えによるものは未消化物や水っぽいものを吐く
- 熱タイプは発熱・強い頭痛を伴うことがある
- 冷えタイプは発熱・悪寒・軽度の頭痛など、風邪の初期に似た症状が出やすい
◎治法
疏散表邪
◎代表的なツボ
- 大都(だいと)
- 申脈(しんみゃく)
- 外関(がいかん)
- 陶道(とうどう)
- 大椎(だいつい)
◎養生のポイント
- 【生活】高温多湿の環境を避け、適度に涼しい・快適な場所で休息をとりましょう。
- 【心がけ】体が発しているSOSを無視せず、無理をせずに休むことが大切です。
タイプ② 傷食(しょうしょく)――暴飲暴食タイプ
暴飲暴食や不衛生な飲食物により胃がダメージを受けたことで生じるタイプです。忘年会などで食べ過ぎ・飲み過ぎたあとに吐いてしまう、まさにあの状態です。
こんな状態が目安です。
- 臭気の強いげっぷが頻繁に出る
- 食べ物を見るのも嫌になる
- 上腹部(みぞおちあたり)に強い張り感がある
- 吐いたあとはスッキリする感覚がある
- 嘔吐物に未消化の食べ物が混じっていることが多い
◎治法
消食導滞
◎代表的なツボ
- 腹哀(ふくあい)
- 大横(だいおう)
◎養生のポイント
- 【食事】症状がある間は食事を控えめにし、白湯や消化の良い食べ物から少しずつ始めましょう。
- 【生活】食べ過ぎた翌日は胃腸を休ませることを優先。激しい運動や入浴のしすぎは控えましょう。
- 【心がけ】「腹八分目」の習慣を日頃から意識することが予防になります。
タイプ③ 胃寒(いかん)――冷えタイプ
胃が冷えることではたらきが低下し、嘔吐が起こるタイプです。冷たい飲食物の過剰摂取や、もともとの体質・加齢による「温める力の低下」が原因になります。
こんな状態が目安です。
- 嘔吐の量は少なく、水っぽいものが出ることが多い
- お腹を冷やすと症状が悪化し、温めると楽になる
- 冷えのせいで水っぽい便(軟便・下痢)が出やすい
- 全体的に身体が冷えやすく、手足も冷たい
◎治法
温中散寒(おんちゅうさんかん)=胃の中の冷えを温めて散らし、はたらきを取り戻します。
◎代表的なツボ
- 腹結(ふくけつ)
- 大横(だいおう)
◎養生のポイント
- 【食事】冷たい飲み物・生もの・アイスクリームなどは控え、温かいものを意識して取りましょう。しょうが・ねぎ・かぼちゃなど体を温める食材も積極的に。
- 【生活】腹巻きや湯たんぽでお腹を温める習慣を。冷房の効きすぎた部屋に長時間いることも避けましょう。
- 【心がけ】「冷えは万病のもと」という言葉の通り、日頃からの冷え対策が胃腸を守ります。
タイプ④ 胃熱(いねつ)――熱タイプ
胃に「熱」が生じて過活動状態となることで嘔吐が起こるタイプです。辛いものや濃い味の食べ物の食べ過ぎ、飲酒過多などが熱を生じさせます。熱は上に昇る性質があるため、胃から口の方向へと逆向きの力がはたらきます。
こんな状態が目安です。
- 嘔吐の勢いが激しい
- 吐いたあとも口の中が苦い・酸っぱい感じが残る
- 口の渇きや、水を飲みたくなることが多い
- 顔が赤くなったり、胃のあたりに熱感を感じることがある
◎治法
清胃瀉熱(せいいしゃねつ)=胃にこもった余分な熱を冷まして取り除き、正常なはたらきを回復させます。
◎代表的なツボ
- 厲兌(れいだ)
- 臑会(じゅえ)
- 下廉(げれん)
- 足三里(あしさんり)
- 解谿(かいけい)
◎養生のポイント
- 【食事】辛いもの・揚げ物・脂っこい料理・お酒は控えましょう。大根・きゅうり・豆腐など、体の熱を冷ます食材が向いています。
- 【生活】過度な飲酒の機会を減らし、食事はゆっくりよく噛んで食べる習慣をつけましょう。
- 【心がけ】「熱い状態」が慢性化する前に、早めに身体のサインに気づくことが大切です。
タイプ⑤ 胃陰虚(いいんきょ)――乾燥・栄養不足タイプ
胃の栄養成分(陰=うるおい・養い)が損なわれることで生じるタイプです。慢性的な胃の病や、高熱が続いたあとなどに起こりやすく、繰り返し嘔吐の発作が起きることが特徴です。
こんな状態が目安です。
- 嘔吐が繰り返し起こる(慢性的・発作的)
- はじめは固形物が出て、次第に液体・ひどいときは胆汁(たんじゅう)を吐くことも
- のどの渇きや、口・舌の乾燥感がある
- 胃の慢性疾患を抱えていたり、大病後・発熱後の体力低下が背景にある
◎治法
滋胃養陰(じいようおん)=胃のうるおいと栄養を補い、はたらきを回復させます。
◎代表的なツボ
- 陰市(いんし)
- 兌端(れいだ)
- 胃兪(いゆ)
◎養生のポイント
- 【食事】胃に負担をかけず、消化しやすいものを少量ずつ摂りましょう。山芋・蓮根・豆乳・はちみつなど、うるおいを補う食材が向いています。
- 【生活】十分な休養と睡眠を最優先に。無理のない生活リズムを整えることが回復への近道です。
- 【心がけ】「ちゃんと治した」と思っても、胃陰虚はじっくり時間をかけて回復するタイプです。焦らず丁寧に養生しましょう。
タイプ⑥ 肝胃不和(かんいふわ)――ストレスタイプ
ストレスや精神的な抑圧が「肝(かん)」のはたらきを乱し、その影響が胃に波及して嘔吐が起こるタイプです。緊張しすぎて吐いてしまう、まさにそのイメージです。
こんな状態が目安です。
- 強いストレスや緊張があると吐き気・嘔吐が起こる
- ストレスの軽重によって症状の強さが変わる(軽ければ吐き気程度、ピーク時に嘔吐)
- ストレスの原因が解消されると吐き気・嘔吐が治まる
- 胃のあたりの張り感や、ため息が増えることがある
- 気分の落ち込みやイライラを伴いやすい
◎治法
疏肝和胃(そかんわい)=滞った肝の気の流れをスムーズにほぐしながら、胃のはたらきを整えます。
◎代表的なツボ
- 梁丘(りょうきゅう)
- 維道(いどう)
- 輒筋(ちょうきん)
◎養生のポイント
- 【食事】酸味のある食材(梅干し・酢など)は肝のはたらきを助けます。食事はリラックスした環境でゆっくりと。
- 【生活】深呼吸・軽いウォーキング・好きな音楽を聴くなど、自分なりのストレス解消法を日常に取り入れましょう。
- 【心がけ】「吐き気はストレスのサイン」と受け取り、自分の心と身体に正直になることが大切です。無理をしすぎていないか、立ち止まって確認してみてください。
【まとめ】同じ嘔吐でも、原因によって整え方は変わる

ここまで6つのタイプを見てきました。同じ「吐く」という症状でも、その背景はまったく異なります。
- 気候・環境が原因なら → 環境を整え、外からの影響を取り除く
- 食べ過ぎ・飲み過ぎが原因なら → 胃腸を休め、消化を助ける
- 冷えが原因なら → 温めることが最優先
- 熱が原因なら → 余分な熱を冷ます食事・生活を
- 胃の栄養不足・乾燥が原因なら → うるおいを補い、じっくり養生
- ストレスが原因なら → 肝の気を流し、心身のゆとりを取り戻す
「冷えタイプ」に温め食材が向いていても、「熱タイプ」には逆効果になることがあります。
むやみに試すより、まず自分のタイプを知ることが大切です。
当院では、初診時に丁寧な問診を行い、「いつから」「どんなときに」「どんな症状と一緒に」嘔吐が起こるのかをしっかりと伺います。
体質・生活習慣・ストレスの状況なども踏まえながら、あなたの身体にとって何が必要かを一緒に考えます。
鍼灸・マッサージの施術だけでなく、日々の養生法(食事・生活の整え方)もあわせてお伝えしています。
神奈川県横浜市神奈川区六角橋・白楽エリアの鍼灸マッサージ院 如月では、嘔吐という症状だけでなく、その背景にある「体質の偏り」や「生活習慣との関係」まで丁寧に読み解き、あなたの身体全体が本来の元気を取り戻せるよう、寄り添ったケアをご提供しています。
「何となく胃腸が弱い」「繰り返す吐き気が気になる」という方も、どうぞお気軽にご相談ください。
【参考文献】
- 『中医症状鑑別診断学』人民衛生出版社
- 『中医証候鑑別診断学』人民衛生出版社
- 『中医基本用語辞典』東洋学術出版
- 『十四経発揮』 東医針法研究会編
